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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)5532号 判決

原告 山本正春

被告 西郷孝行

主文

被告は原告に対し金五拾壱万円及びこれに対する昭和二十八年十二月十四日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金五万円の担保を供するときは仮に執行できる。

事  実〈省略〉

理由

昭和二十八年九月二十四日大阪府泉大津市戎町国道二十六号線において訴外福重六男の運転する貨物自動車と訴外中村衛生の運転する自動三輪車とが衝突し、右自動三輪車に同乗していた原告が負傷したことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、第十二ないし十四号証、第十六号証の一、第十七ないし二十三号証、右第十六号証、の一(司法警察員作成の実況見分調書)の一部である図面であるのでその成立を認め得る同号証の二、証人中村衛生、福重六男(第一回、但しその一部)の各証言、原告本人の供述(第一、二回)、被告本人の供述(第一、二回、但しいずれもその一部)を総合すると次の事実が認められる。

訴外福重六男は、昭和二十八年一月土建業、屑鉄類売買業、自動車整備修理業を経営している被告に雇われ、同年六月から被告方貨物自動車の運転手として、建築材料、屑鉄類の運搬の仕事に従事していたところ、前記昭和二十八年九月二十四日午前十時頃被告の命により、泉佐野市へ屑鉄を積取りに行くため、被告所有の貨物自動車大第一―七八三八号を運転して被告の肩書営業所を出発し、右泉佐野市に向つて国道二十六号線の車道を時速約三十粁で南進中、同日午前十一時十分頃泉大津市高津町八十二番地先道路にさしかかつた際約三十米前方の車道左側に乗用自動車一台が停車し、その右側に接して二輪自転車一台が放置されていたので、右自転車を避けて進行すべく右にハンドルを切つたところ、偶々同車道を反対側(南方)から北進中の前記訴外中村衛生運転の自動三輪車に自己の運転する自動車の右前部フエンダー及び車体を衝突せしめたものである。右国道二十六号線は大阪市と和歌山市とを結ぶ主要国道であつて、泉大津市を南北に貫通し、現場における右国道は、中央が幅員約十米のアスフアルト舖装の車道で、その両側に幅員約二・六米の各歩道があり、直線で勾配はなく平担であり、しかも当時は昼間であつたので見透しは十分であつた。当時訴外福重運転の自動車は車道中央寄を南進中で右の如く見透しは十分であつたから、前記の放置されている自転車を避けようとする以前より前方を注視しておれば反対側より訴外中村運転の自動三輪車が北進中であることに気付くし、そうすると、自転車に適宜接近した頃少しくハンドルを右に切り、その間接近して来た中村の自動三輪車を避譲すべく、更にハンドルを左に切れば前記衝突は容易に免れ得たはずである。福重は自動車運転手として自動車運転中は常に前方を注視し、進路上の障碍物の有無反対方向から進行して来る車馬の有無を確かめ、衝突その他交通事故が起らぬよう適宜の措置をなし得る態勢を以て進行し、以て交通の安全を期すべき注意義務があるにかゝわらず、前記の如く放置されている自転車を発見するや、これを避けんとすることのみに注意を集中し、前方注視義務を怠つたため、前方の反対方向より中村の自動三輪車が北進中であることに気付かず前記の如く慢然ハンドルを右に切つたため、前記の衝突をひき起したものである。一方原告は、同日午前九時頃貝塚市で原告の妻の弟である右中村が運転する自動三輪車に同乗し、奈良県北葛城郡志都美村に行く途中右衝突が起つたのであるが、右三輪車には荷台に牛三頭が積んであり、助手台には中村の実兄訴外中村正一が腰かけ、原告は最初牛と共に荷台に乗つていたが、進行中、牛があばれて足を踏まれて危険なので、本件事故発生の少し前に運転手席右側の道具箱に腰掛けていたところ、本件衝突のため、安静加療三ヶ月を要する右上膊部開放性粉砕骨折の重傷を負うに至つたものである。

以上の事実が認められ、前示証人福重六男の証言(第一回)、被告本人の供述(第一、二回)中、右認定に反する部分はいずれも前示各証拠に比照してたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実関係によると、本件衝突、従つて原告の右傷害は福重の過失による不法行為に基くものというべきである。そして、右認定によると同人は、本件事故当時被告の被用者であつて、被告の事業の執行につき右不法行為をなしたものであるというべきであるから、被告は民法第七百十五条により原告のこうむつた損害につき賠償の責任があるわけである。

被告は、福重の選任及び事業の監督につき相当の注意をなしたから、被告には損害賠償の責任はないと抗弁するが、被告本人の供述(第一、二回)中、右抗弁事実に関する部分はたやすく措信し難く、他にこれを肯認するに足る証拠はないから、右抗弁は採用できない。

そこで、進んで原告のこうむつた損害額について判断する。

前示甲第一号証、同第二十号証、証人森正己の証言、原告本人の供述(第一、二回)を総合すると、原告は、大正八年五月二日生れで本件負傷前は家業の鍛治職をやつて、月少くとも金一万五千円の収入を得ていたこと、本件傷害による機能障碍により今後一生涯鍛治職は全くやれなくなつたこと、そのため、原告は爾来牛馬売買の仲介やその他の内職で月平均金七千円の収入を得ていることが認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。しかして、原告の生年月日は前記の如くであるから、本件事故発生当時は満三十四歳であつたことが明かであり、満三十四歳の日本人男子の平均余命は三十四年であることは当裁判所に顕著である。前認定の如く、原告は従前鍛治職により月少くとも金一万五千円の収入を得ていたのに本件事故発生後は月平均金七千円の収入しか得られなくなつたのであるが、本件傷害がなかつたならば、生涯鍛治職をやり、月金一万五千円以上の収入を得る時期も相当期間あり得べく、又老年期にはそれ以下の収入になり得ることも想像に難くなく、反対に本件被害後における収入は或は右月金七千円以上に及ぶこともあり得べく、或はそれ以下に及ぶこともあり得るも、特段の事情のない本件においては余命の期間を通じて一ヶ月に付右金一万五千円と金七千円との差額である金八千円が原告の喪失すべき得べかりし利益であると解するを相当と認める。そうすると一ヶ年につき金九万六千円となる。余命三十四年間の得べかりし利益を一時に請求するから、中間利息を民法所定の年五分としてホフマン式計算法に従い算出すると、金百二十万五千百八十五円(円未満切捨)となる。故に原告の得べかりし利益の喪失による損害額は該金額である。

次に慰藉料額につき判断するに、前示証人森正己の証言及び原告本人の供述(第一、二回)により認められる原告は本件被害以前は肩書地において鍛治職を盛大にやつて月金一万五千円以上二万円位の収入を得て妻と子供二人(当六歳、二歳)を扶養していたところ、本件被害後は前認定の如く家業の鍛治職は生涯できなくなり、牛馬売買の仲介等の内職に従事し一ヶ月僅かに平均金七千円の収入で極めて貧困な生活をなすの余儀なきに至り、現在は二、三十万円の負債をも生ずるに至つた事実に、本件において認められる諸般の事情を参酌すると原告に対する慰藉料は金十万円を以て相当と認める。

最後に治療費及び附添看護婦費について判断するに、原告本人の供述(第一回)により成立を認め得る甲第二ないし十一号証、同第二十四号証によると、原告は本件負傷を治癒するため、その負傷の日である昭和二十八年九月二十四日より同年十一月頃まで泉大津市の高田外科診療所に入院して治療を受け、退院後もしばらく治療を受け、その間入院料その他の治療費として合計金二十一万二千二百七十円を右診療所に支払い、又右入院中、同市の岡田看護婦会の附添看護婦に合計金一万九千五十円を支払つたことが認められ、右二口合計金二十三万千三百二十円も原告が本件不法行為によりこうむつた損害額であるが、原告は本件においては右損害額を金二十万円として請求しているので認定金額も金二十万円とする。

以上の如き各損害額が認定できるのであるが、前段認定の如く、本件事故発生の際前記訴外中村衛生運転の自動三輪車には、同乗者として助手台に同人の実兄中村正一が腰かけ、運転手席右側の道具箱に原告が腰かけていたのである。運転者は乗車のために設備された場所に乗車をさせてはならぬことは、道路交通取締法施行令第三十八条第二項の規定するところであり、同令第七十二条第一号によりその違反は処罰されることになつておる。しかして、原告が腰かけていた前記道具箱が乗車のために設備された場所でないことはいうをまたないから、原告が同乗して右場所に腰かけていたことは法の禁ずるところである。故に本件傷害の発生については原告にもまた過失があつたものといわなければならない。

よつて、当裁判所は損害賠償の額を定めるにつき、右過失をしんしやくし、被告の責に帰すべき損害賠償額は、得べかりし利益の喪失による分は金七十万円、慰藉料は金七万円、治療費及び附添看護婦費は金十四万円を以て相当とする。しかし、得べかりし利益の喪失による損害額については原告は本訴においては内金三十万円を請求しているので、同金額を認容する。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、右三口合計金五十一万円の損害金及びこれに対する本訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが記録上明かな昭和二十八年十二月十四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、右限度を越える請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

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